奨学金の利用急増の主因は日本社会の激変

drastic-change-of-Japanese-society 社会問題

高騰する大学の授業料

近年に奨学金を受給する大学生が急増した背景には、日本の社会が大きく変化したことがある。大学の学費の高騰、親の所得の減少、高卒の求人数の急減、そしてとりわけ専門職ではハイレベルの教育が求められていることである。

まず大学の年間授業料(法文経系)の推移を見ると、最も古い記録が残っている1950年では国立大学で3600円、私立大学で8400円、また私立の理工系では1967年時点で9万6800円であったが、これが直近の2020年ではそれぞれ55.94万円、82.4万円、115.5万円となり、単純な倍率で試算すると155倍、98倍、12倍に跳ね上がっている。

減り続ける親の所得と仕送り額

このように大学の学費が高騰しているのとは対照的に、子どもたちを大学に行かせる親の所得は減少の一途をたどっている。過去20年間の民間企業労働者の平均年収を見ると、1997年の467万円をピークに2000年には約460万円、そして2010年には400万円近くまで減少。それ以降はやや戻して410万円台になったものの、この20年間で民間企業の労働者の年収は10%以上も減っている。

こうした状況を反映して、首都圏の私立大学に進学した自宅外通学者の親からの仕送り額(月平均)は、25年前(1995年)の約12.5万円から2020年には8.24万円の過去最低に落ち込んだ。その結果、仕送り額から家賃などを差し引いた1日当たりの生活費も607円と過去最低となった。1日を600円で暮らす生活とはいったいどのようなものなのか、想像するのも難しい。

もっとも少し見方を変えれば、親からの仕送りが月8万円ほどというのはまだよいほうなのかもしれない。最近では親からの仕送り額が5万円未満の大学生も急増しており、その割合は1995年の約7%から2015年には25%に上昇。今では大学生の4人に1人が生活保護以下の貧困学生になってしまった。

この金額で東京でアパートを借りて暮らすにはかなり厳しく、アルバイトをしながら食費を切り詰めるしかない。しかし、現在のコロナ禍では居酒屋や飲食店のアルバイトもままならなくなっており、それこそブラックバイトでもあればまだましといった状況なのかもしれない。

90%もなくなってしまった高卒の仕事

それではいったい、なぜ高校生たちは奨学金という重い借金を背負い、貧乏生活を覚悟してでも大学に行こうとするのだろうか。その大きな理由としては、1990年代以降に高卒の求人が大きく減ったことがある。ピークだった1992年にはおよそ168万人あった高卒求人数は、2010年には20万人以下とピーク時の10%近くにまで激減。高卒の仕事はこの20年ほどで90%もなくなってしまった。

大卒と高卒が向かう仕事の格差

それに加えて最近では、業種によって企業が高卒と大卒の採用を選り分けていることもある。1社当たりの高卒と大卒の採用予定数を表した業種別のデータを見ると、高卒採用が多いのは運輸、器具製造、小売、飲食・宿泊業など。これに対し、大学・大学院卒の採用が目立って多いのは情報通信、金融・保険などである。

高卒と大卒が就くこうした対照的な業種は、現在のコロナ過で大きな打撃を受けている業種とあまり影響のない業種とほぼ一致している。ポストコロナに向けた将来の発展性という観点から見ても、大卒に人気のある業種と高卒が就く業種の格差はさらに拡大していると思われる。

以上のように、高卒の仕事が急減しているのに加えて、高卒が将来性のあるハイレベルな専門職に就けるチャンスもますます狭くなっている。こうした状況を反映して、現在では高卒者全体のほぼ80%が大学や専門学校に進学している。

こうした現況を知らない中高年者が今でも、「学生ローンである奨学金を借りて大学に行くよりも、高卒で働いたほうがよいではないか」と主張するケースもまだまだ多い。日本の社会がこの半世紀の間に根底から変わってしまったことを理解できないのである。もっとも、今では大卒も正規と非正規職に分断され、それぞれまったく違う人生を歩んでおり、大学を出れば人生は安泰といわれた時代は遠い昔のことになってしまった。

次回へ続く

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