働き方改革の闇

仕事・ビジネス

働き方改革はすべてがメリットだけなのか

2016年9月から始まった政府主導の「働き方改革」により、日本企業の労働のあり方は大きく変化している。「1億総活躍社会」の実現をめざすこの改革の狙いは、5日間の有給休暇の義務化、時間外労働(残業)の上限規制、同一労働・同一賃金の実現などである。

時間外労働の削減の一例として、500人以上の事業所に勤める常用の男性労働者に占める月60時間以上働く人の割合は、2015年の13.6%から2018年には10.9%に減少した。こうした流れは中小企業の労働者にも観察され、日本全体で長時間労働の是正の動きが進んでいる。

しかし、時間外労働が減ればそれだけ収入も減少することになり、それによってやっと回っていた生活がさらに苦しくなる可能性もある。とりわけ残業代を当てにして住宅ローンを組んだ人にとっては、政府の働き方改革がこれまでの生活を破壊させることにもなりかねない。

働き方改革=残業減少がもたらしたこと

筆者のファンである増田明利の著書『今日、借金を背負った』(彩図社、2020年)には、生活苦、ギャンブル、浪費癖などによる借金で人生が狂った11人の話が盛り込まれている。

そのなかで特に筆者の印象に残ったのは、50歳の会社員であるKさんが1600万円の住宅ローンを組んで購入した中古マンションを10年4ヵ月で手放さざるを得なかった話である(「さよならマイホーム」、26~36ページ)。

その大きな原因はいわゆる働き方改革の影響もあって残業時間が急減し、月収で15~16万円、年収にすると180万円以上も収入がダウンしたことである。

現在東京都北区に親子4人で暮らすKさんは持ち家比率が日本一の富山県出身で、情報処理・システム設計会社のサラリーマン。富山県というところは女性の就業率も全国トップクラスで、結婚して4~5年もしたら持ち家が当たり前の土地柄。

それゆえに「自分も早く家を持ちたいと思っていたのですが、都内や神奈川で交通の便が良いところだとなかなか手が出ません」ということで、1年近くもあちこちを見て歩き、最終的に決めたのが東武伊勢崎線草加駅近くの築5年の中古マンション。

4LDKで専有面積は65㎡。値段は2200万円だったが、頭金を600万円入れ、残りの1600万円をボーナス払いなしの20年返済の住宅ローンとした。

当時のKさんの月収は約45万円、ボーナスが年間で120万円、年収にすると660万円。これに加えて大手流通会社の契約社員である奥さんの月収は16万円で、ボーナス込みの年収は約230万円。

世帯年収では900万円近くになり、月の支払総額である10.4万円(ローン返済額約7.5万円+管理費1.5万円+修繕積立金1.2万円+駐輪場の利用代2000円)をまかなうのになんの不安もなかったという。

この支払額はそれまで住んでいたUR賃貸団地の家賃10.8万円よりも安く、家賃並みの金額でマイホームを手にできたことに大満足だった。実際にマンションを購入して6年間はなんの問題もなく、ボーナスは旅行や家具・家電品の買い替えなどに使ったが、それでも貯蓄することができた。

マイホームの喜びに暗雲

ところが、2015年の下期ごろから様相が一変する。まず奥さんが腰・足・太ももなどに痛みやしびれを訴えてあちこちの病院に行き、最終的に都内の大学病院で脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)と診断された。

手術によって日常生活には支障のないほどになったが、左足先のしびれはあまり回復せず、結局は復職できないまま、1年間の雇用契約が切れた段階で雇い止めとなった。これにより、奥さんの月収16万円、ボーナス込みの年収では230万円が消失した。

そして更なる予想外の事態が発生、その翌年からKさんの収入がドスンと下がったのである。その原因はリーマンショックから人を採ってこなかった会社が景気回復と技術者不足を理由に、大学や専門学校の新卒やキャリアのある実務経験者などを大量に採用、それまで過労で体調を崩す社員もいた職場に余裕が出てきたのはよかったが、社員の残業代が激減したことである。

Kさんの場合、以前は時間外労働が月平均で80時間ほどあり、その残業代は18万円近くにもなっていた。これが30時間ぐらいに減ったため、残業代は6.7万円ほどにダウン。その後も残業代は減り続け、年収では180万円以上も減ってしまった。

奥さんはまだリハビリ中で就労しておらず、最近のKさんの月の手取りは約32万円。これに対して、住宅ローンを含む住まいの経費が10.4万円、水道高熱・固定電話代が2.3万円なので、残りの20万円では一家4人の生活費をまかなうことはできず、貯金を取り崩すようになった。

また子どもの教育費も重く、大学に進学した長男の初年度の入学金と授業料130万円を支払ったあとも、毎年80万円の授業料を支払い続けている。

さらにはマンションの管理組合から近く大規模修繕を予定しているが、修繕積立金だけでは足りないので、1戸当たり12万円を負担してもらうという連絡があった。Kさんによれば、毎月の維持費だけでも大変なのに、さらに12万円を支払えと言われても…。これが決定打となり、もうマンションを持ち続けるのは無理だと思ったという。

マイホームを処分した結果

不動産屋にマンションの売却を依頼し、約3ヵ月後に1880万円で買い手がついた。売却代金から仲介手数料などを差し引いた手取りは約1700万円。そこから住宅ローンの残債約820万円を差し引いた880万円が手元に残った。

しかし、アパートへの転居費用などに40万円かかったので、正味の手残り額は840万円。このお金はすべて銀行の定期預金に入れたという。

マンションで暮らしたのは10年4ヵ月なので、住宅ローンと維持費の総額は1289.6万円、これに対して同じ期間をUR団地にいたらその家賃の総額は1339.2万円となり、差額はわずかに50万円ほど。これについてKさんはこう話していた。

「わたしの場合、頭金を27%ぐらい入れたのに最後はこれですからね。不動産の広告では頭金10%、残りはローンでなどというのを目にするけど、そんなことをやったら確実に破たんすると思う。マイホームを持とうと考えている人は注意しないと危険ですね」

時間外労働を減らしてゆとりのある生活をしようという働き方改革の趣旨はすばらしいが、生活の維持を残業代に頼ってきた人にとってはこれが人生を狂わせる原因にもなりかねない。働き方改革の闇のひとつである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました