奨学金の返済をめぐる現実

severe-realities-of-scholarship 社会問題

多くの学生は有利子の第二種奨学金を利用

これまでの記事では奨学金のポイントや大学生による奨学金の利用が急増した背景などについて述べてきたが、ここでは奨学金問題の本質ともいうべき奨学金の返済をめぐる現実について見ていく。ここで最も多く利用されている日本学生支援機構(JASSO)の奨学金についておさらいしておこう。

JASSOの奨学金は第一種(無利子)、第二種(有利子)、給付型の3つの種類がある。第一種奨学金は利息はかからないが、世帯年収や本人の高校時代の学業成績などについて厳しい条件があり、競争率もかなり高い。給付型奨学金は返済が不要、いわゆるもらえるお金であるが、世帯収入の基準もさらに厳しく、また本人の学習意欲なども審査されるため、実際に利用できるのはごく限られた人になる。このため、多くの学生が利用するのは第二種奨学金となるが、1%前後の金利(上限は3%)がかかる。そして人的保証か機関保証のいずれかを選択して利用する(前々回の記事を参照)。

家計に苦しい奨学金という借金

こうして奨学金を受給して大学の4年間を過ごすが、その後に待っているのが住宅ローンと同じく借金の返済である。奨学金の返済が始まるのは大学卒業後すぐにではなく、受給期間が終了した翌月の7ヵ月目から。大学を卒業する3月まで奨学金を受給した場合、その年の10月から返済が始まる。奨学金の受給額と返済期間によって異なるが、ごく大ざっぱに言って大学の4年間に奨学金を利用したとすれば、卒業したあとに月々1.3~2.6万円程度の返済が14~20年続くというのが一般的な状況である。

さて無事に大学を卒業し、運よくそれなりの大手企業に就職できたとしよう。2020年の厚生労働省の調査によると、大卒男女の初任給の平均額は22.6万円(通勤手当を含む)である。毎月同じ金額の月給をもらい、ボーナスはないと仮定すると、年収は約271万円となる。

数年間はこのレベルの月給が続くと仮定し、次に月給から差し引かれるものをかなり大ざっぱに列挙すると、健康保険料1万円、厚生年金保険料2万円、雇用保険600円、所得税4000円、住民税(2年目以降)1万円となり、合計では約4.5万円。よって手取額は22.6-4.5=18.1万円となる。

一方、月々の平均的な支出額(単身世帯)を総務省統計局の家計調査から試算すると、家賃6.4万円、食費3.9万円、水道光熱・ガス代9500円、交際費1.2万円、交通費7200円、通信費7000円などで、合計では15.5万円となる。手取額18.1万円に対して支出額が15.5万円なので、残りはわずか2.6万円。奨学金を返済している人の月々の返済額は平均約1.7万円といわれるので、そこからさらにこの返済額を差し引くとほとんど残らないばかりか、ちょっと出費がかさむとマイナスになってしまう。

仮にある学生が月10万円の奨学金を受給し(4年間では480万円)、残念なことに初回から返済できずに5%の延滞金利息が発生したとすれば、利息額は年間で480万円×5%=24万円となり、家計にはさらに月2万円の赤字が加わる(なお、延滞金の年率は第一種か第二種のほか、奨学金の利用期間によっても異なるが、1.5~10%である)。

返済の延滞が続いたときの末路

こうした事態を放置したまま延滞が3ヵ月続くと、その人はブラックリストに登録されてしまう。ブラックリストとは個人情報機関に事故情報として記録されることで、住宅ローンを借りたり、クレジットカードを作成しようとしても、まず審査は通らないだろう(こうした事故情報は5年間残る)。

そして奨学金の返済を滞納して4ヵ月が過ぎると、サービサーと呼ばれる債権回収会社から連絡が来る。債権回収会社とはJASSOが奨学金の回収を依頼している業者で、ここに至ってようやく奨学金=借金であることを心から痛感することになる。さらに滞納から9か月がたつと裁判所から支払督促が届く。これに対して2週間以内に異議申し立てをしないとJASSOの勝訴と同じ扱いとなり、JASSOによる資産差し押さえの権利が発生する。差し押さえられる資産は給料(最大で1/4)、預貯金、不動産などで、本人の財産だけでなく、連帯保証人と保証人の財産も差し押さえの対象となる。

ここまで来ると自己破産する人も多くなるが、親や親せきなどに連帯保証人や保証人になってもらっている人にとっては、自己破産も簡単にはできない。自分が自己破産すれば、これらの保証人に奨学金の返済義務が移るからである。

このように人的保証を選んだ人にとっては自己破産も難しいが、その一方で奨学金を借りた本人、連帯保証人、保証人がそろって自己破産したという最悪のケースもある。1017年4月末時点で見ると、人的保証と機関保証の割合はそれぞれ53.3%、46.7%とほぼ半々になっているが、自己破産者の割合では人的保証が94.1%、機関保証が5.9%と、そのほとんどが親や親せきに迷惑をかける人的保証の選択者となっている。

JASSOの資料によれば、2016年度末時点での奨学金の延滞率は1.32%、延滞額は約866億円。この延滞率とは過去5年間において奨学金の受給が終了し、返済が始まった人に占める3ヵ月以上の延滞者の割合である。延滞率の高い大学を見ると、12大学が延滞率5%以上となっており、全体として関西と九州地区の偏差値があまり高くない私立大学が中心となっている。

一方、JASSOは奨学金の返済が難しいと認められた人には、返済の「猶予(ゆうよ)」と「減額」という救済制度を設けている。その基準は返済の猶予(延期)では「年収が300万円以下で最長10年」、返済の減額では「年収が325万円以下で最大1/3・最長15年」となっている。もっとも、それなりの大手企業に正社員として就職して数年もたてば、この程度の年収を超える人は少なくないだろう。そうした現実を考えると、この基準はかなり厳しい。

このほか、本人が死亡したり病気で働けなくなった場合には、返済の一部またはすべてが免除されるという特例もあるが、その基準はそれほど明確ではなく、先の救済制度も含めて個別のケースに応じてJASSOに問い合わせて対処するしかない。

大学が存続できるのは奨学金のおかげ?

ところで、奨学金の滞納問題については奨学金を金融事業化したJASSOだけを批判する意見がほとんどであるが、実際にはJASSOの奨学金がなければ経営が立ちいかなくなる大学も決して少なくない。JASSOの理事長も「大学がつぶれないでいられるのは、JASSOの奨学金があるおかげだ。奨学金のステークホルダー(利害関係者)は学生以上に大学である」と発言。

またあるFP(フィナンシャルプランナー)が言うように、「奨学金の制度がなくなれば大学進学率は激減し、多くの大学がつぶれるだろう。そうなれば多くの大学教授はリストラされ、失職したり、給料が大きく減ってしまうのは間違いない」といった事態も十分にあり得る。このように日本の奨学金をめぐる問題はかなり複雑怪奇である。

これまで述べてきた状況を考えると月並みな結論にはなるが、奨学金を利用するときは受給額、月々の返済額と返済期間、保証の方法、社会に出て返済が始まったときの収入と支出など、あらゆる可能性を十分に考慮して奨学金の利用の仕方を決めなければならない。

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