出版翻訳の厳しい現実

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内容が陳腐化する海外の株式投資書

アメリカのファンダメンタルズ系の株式投資書を日本で翻訳・出版するとき、最も大きな問題は旬(しゅん)を逃すことだと私は思う。それを具体的に説明すると次のようになる。

アメリカで出版された株式投資書をアメリカ人がすぐに買って読むぶんには、何の問題もない(これは日本でも同じ)。ところが、その本を日本語に翻訳して出版するとなると、最低でも6ヵ月以上かかるので、その内容やデータは完全に陳腐化してしまう。

テクニカル分析に関する株式投資書については、こうした問題はあまり起こらないが、問題はファンダメンタルズ系の株式関連書である。

日本企業の多くは4月~翌3月の決算期を採用しているが、米企業の決算期は1~12月の暦年決算がほとんどである。

例えば、その年の秋にある企業のその年度の業績・株価予想に関するファンダメンタルズ分析の投資書がアメリカで出版されたとする。アメリカの株式投資家がそれを直ちに購入し、翌年の株価の予想に利用するには何の問題もない。

海外書籍を日本で出版するときの複雑なプロセス

しかし、その本を日本語に翻訳して出版するとなると、次のようなプロセスをたどることになる。その本の版権の取得→日本語への翻訳→ゲラ(校正刷り)の誤字・脱字のチェック→日本語版の出版となり、その期間は最短でも6ヵ月、普通はそれ以上になる。その結果、その本の翻訳書が日本で出版されるのは、翌年の春になってしまう。

そのころにはその米企業の前年の決算はすでに発表済みとなっており、その本に盛り込まれた企業業績や株価の予想データはすべて陳腐化してしまう。そうしたいわば旬を逃した本をお金を払って購入する日本の株式投資家は、いったいどれほどいるのだろうか。

私もアメリカのファンダメンタルズ分析の株式投資書を何冊も翻訳したが、そのつどこうした思いにかられ、複雑な気持ちになったものだ。

翻訳者の最大の悩みは安い翻訳料

さらに私にとって、そしておそらくすべての翻訳者にとっても最大の問題は、翻訳の報酬(原稿料)だと思う。先の記事でも述べたように、これまでやってきた英日翻訳(実務翻訳・ILO文書などの翻訳)では、原稿用紙(400字)1枚当たり~円という原稿料だったが、翻訳出版では1冊当たり~円(買い取り)。

しかも、届いた原書を3~4ヵ月かけて日本語に翻訳し、その原稿を出版社に送付したあと、実際にその翻訳書が出版されるのはさらに2~3ヵ月後。さらに原稿料が支払われるのはそのあとなので、実際にお金を手にするのはヘタをすると原書の翻訳を手がけてから9~10ヵ月後となる。

私にとってさらに問題だったのは、その本の原稿料の金額は実際に銀行口座に振り込まれるまでまったく分からないことだった。「えーっ、自分がする仕事の料金が分からない?」。本当にそうなのです。

ほかの出版社の状況は分からないが、P社の出版翻訳ではそれが普通であり、私のような翻訳を専業とするフリーランスにとっては本当に死活問題だった。

翻訳者が食える時代は終わった?

最近では実務翻訳の原稿料もかなりデフレ化しており、こうした傾向はさらに進んでいるようだ。現在ではどの分野の翻訳にもこうしたデフレの波が押し寄せており、翻訳を主な生計手段とするフリーランスにとっては本当に厳しい時代である。

非正規労働者の厳しい現実はマスメディアでもよく伝えられているが、翻訳に従事するフリーランスの状況も実はまったく同じだと思う。インターネットで調べていたら、1冊の文庫本を3ヵ月かけて翻訳した税込み印税が30万円を切るという、とんでもない記事が出ていた。そして、その記事は次のように結んでいた。

「翻訳者の年収が120万円の時代が現実のものになっている。専業の出版翻訳者が存続できる時代は終わった」

次回へ続く

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