金融経済の翻訳者をめざす文系大学生の君に向けて

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経済の「け」の字も分からなかった翻訳見習い時代

筆者は40年以上も金融や株式を含む経済の翻訳に従事し、直近30年はこの仕事を専業としてきた。最初のころは経済全般の実務翻訳を手がけ、その後は旧労働省(現在の厚生労働省)のILO(国際労働機関)の資料の翻訳。同省の資料翻訳を請け負っていた翻訳会社が廃業したあとは、主に株式分野の出版翻訳を行ってきた。

筆者は上智大学の外国語学部英語学科を卒業したあと時事通信社に入社、外国経済部という部署に配属された。そこで6年間にわたりいろいろな金融経済分野のニュースの翻訳をしてきた。

最初は経済の「け」の字も分からなかったが、必要に迫られて日本経済新聞をはじめ、フィナンシャル・タイムズなどの英字紙も読むようになった。

今振り返ると、それらの内外経済紙をどれほど深く理解していたのか、また金融経済翻訳のスキルもどの程度だったのか、とても胸を張れるレベルではなかったと思う。

会津の田舎で実務経済の翻訳へ

時事通信社の外国経済部に6年間在籍したあと、わけあって故郷である福島県会津地方のK市に帰ってきた。田舎では東京のようなレベルの高い仕事はなく、英数の学習塾の経営、隣の市の予備校で英語を教えるなど、いろいろな仕事をしてきた。

K市に戻って数年たったころ、時事通信時代に同じ外国経済部にいた友人がこの田舎に遊びに来て、実務経済の翻訳の仕事を紹介してくれたのが経済翻訳を仕事にするきっかけとなった。

幸いなことにその当時は金融や株式などの経済翻訳の仕事はかなり多く、またこうした分野の翻訳者もあまりいなかったので、仕事を発注する翻訳会社の編集長から、いろいろなアドバイスや𠮟咤(しった)を受けながらも、根気よく付き合ってもらった。そのかいもあって翻訳のスキルも少しずつレベルアップしていったと思う。

今からはるか30年以上も前のその当時から、経済翻訳の仕事は今でいうリモートワークで行い、翻訳の原稿はファックスや郵送で送受信したり、長い原稿はフロッピーを送って納付していた。

このように筆者の場合は入社した通信社の外国経済部というところで経済翻訳の基礎を学び、その後は実際の仕事を通じてレベルアップできたのでハッピーだったと思う。

今では企業の翻訳部門に就職して勉強・経験を積むという、筆者がたどったような道のりはそれほど簡単なことではないだろう。はたして金融・保険会社などにそのような翻訳部門があるのか、そうしたところに実際に就職できるのか、また幸いなことに化学メーカーの翻訳部門などに入社できたとして、翻訳の範囲はかなり狭く専門的になるだろう。

翻訳の専門学校で学ぶメリット

それならば、翻訳者を養成する専門学校に通ったり、翻訳の通信教育で勉強するという方法はどうだろう。インターネットで調べたら、その両方を通じて勉強・経験を積み、翻訳者として独立した人がそのメリットを次のように述べていた。

  1. 先生から翻訳の現場について話を聞くことができる。
  2. 分からないことは納得するまで質問できる。
  3. 同じ目標を持つ友達ができるので刺激になる。

また、そうした学校には授業に参加するのは週に1~2回、残りの日は自宅で勉強するという形をとっているところも少なくないという。その人は別の仕事をしながら翻訳学校に通い、その後に翻訳者として独立したと言っていた。

このようにフレキシブルな授業の形態を取っている翻訳の専門学校であれば、昼または夜の自分に都合のよい時間帯に通学するという方法も取れるだろう。

それならば、このようないわば外部の勉強だけによって翻訳者として仕事ができるだろうか。その答えは「ノー」である。自分の経験に照らせば、そうした外部の勉強の手段と同じくらい、ひょっとしたらそれ以上に大切なことは、自分の努力によってスキルアップを図ることである。

日経新聞の記事を理解するためには

例えば、大学生が金融経済の翻訳者をめざすのであれば、日本経済新聞が読めるぐらいの基礎知識は必要である。もっとも、経済の知識がほとんどない人がいきなり日経新聞を購入しても、おそらくそこに書かれている経済記事を理解することはできないだろう。

そこで日経新聞を定期購読する前に、「日経新聞を読むための基礎知識」といった内容のガイド本を読むことをお勧めする。

ネットで調べると、「社会人1年目からのとりあえず日経新聞が読める本」「入社前から先取り!日経新聞の読み方・活かし方」「日経新聞を読む技術・活用する技術」などいくつかあり、自分のレベルや好みに合ったこの種の本をまずは1冊読んでほしい。

くれぐれも大学の先生や証券会社・金融機関の研究員などが書いた専門書は購入しないように。文章が読みにくく、それに金融経済の翻訳にはまったく役に立たないからだ。

金融経済の翻訳者に求められるのは深くて狭い専門知識ではなく、少し浅くても広い知識である。実際に経済翻訳をやってみると、依頼される翻訳の内容は金融、株式、為替、商品先物(原油や非鉄金属、穀物など)など多岐にわたり、どの分野の仕事が来るのかを事前に知ることはできないからだ。それでも広範な経済の知識があれば、今ではインターネットで調べられるのでなんとか対処できる。

経済翻訳でも求められるそれなりの文章力

このほか、文芸翻訳では当たり前であるが、経済翻訳でもやはり日本語のそれなりの文章力は必要不可欠である。私は経済の実務翻訳、国際機関であるILOの資料の翻訳、出版翻訳など、どの分野の翻訳でも分かりやすい文章を心がけた。

その原点は時事通信社の外国経済部で経済ニュースを翻訳していたとき、上司からよく言われた次のコトバである。

「新聞の文章は一度しか読んでもらえないので、再読しなければ理解できないような文章は書くな」

そのためにも日経新聞に限らず、ほかの新聞も読めば文章力をみがくことはできるだろう。また、何らかの話題を見つけて1000字ぐらいの文章を書き、友達や専門学校の先生などに読んでもらい、それに対する意見や批評を聞くこともかなり有効である。

このほか、時事通信社にいたときは統一された新聞用語を使わなければならなかったので、経済ニュースを翻訳したり、アルバイト原稿を書くときは、「記事スタイルブック」(時事通信社刊)、「記者ハンドブック 新聞用字用語集」(共同通信社刊)を何度も調べながら文章を書いた。こうした経験はその後に経済翻訳を仕事にしたときにも本当に役に立った。

それでは最後に、フリーの経済翻訳者として独立したとして、その仕事だけで生活していけるのだろうか。自分がたどってきた歩みを振り返ると、1900年代は経済翻訳の仕事もそれなりにあり、また原稿料もまずまずの水準だったが、2000年代に入ると状況はかなり厳しくなった。

それまでは学習塾の経営や予備校の講師と兼業していたが、少子化の影響でこの2つの仕事がなくなり、また実務翻訳の依頼もかなり少なくなってきた。

2000年からは株式分野の出版翻訳を専業としたが、翻訳者の名前が掲載された翻訳書が書店に並ぶのはうれしかったが、この仕事だけで生活していくのはかなり大変だった。

いくらかの副収入があったので何とか20冊以上の翻訳書を出版できたが、この期間中には3人の子どもたちの大学進学も重なり、家計は本当に火の車だった。

現在は趣味程度にしか仕事をしていないので、経済翻訳の原稿料の水準についてはよく分からないが、おそらくそれほど高くはないだろう。以上の理由から経済翻訳のフリーランスという道はあまりお勧めしない。

それでもどうしてもこの仕事がしたいという人は、まずは副業としてこの仕事をしてはどうだろう。数年もすればこの仕事の現実がよく分かると思う。その経験を踏まえて、その後の進路を決めればよい。

会社勤めをしていても、経済翻訳で培った知識やスキルは必ず生きるだろう。その意味では特に文系の大学生にとって、この分野に挑む価値は十分にある。

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